大阪地方裁判所 昭和59年(ワ)3927号 判決 1985年7月30日
原告(反訴被告)
甲山太郎
右訴訟代理人
柳瀬宏
被告(反訴原告)
乙山一男
右訴訟代理人
上篠博幸
島本信彦
主文
一 被告(反訴原告)は、原告(反訴被告)に対し、金二万円及びこれに対する昭和五九年六月一二日以降右支払済に至るまで年五の割合による金員を支払え。
二 原告(反訴被告)は、被告(反訴原告)に対し、金二万円及びこれに対する昭和六〇年一月一〇日以降右支払済に至るまで年五分の割合による金員を支払え。
三 原告(反訴被告)のその余の本訴請求及び被告(反訴原告)のその余の反訴請求は、いずれもこれを棄却する。
四 訴訟費用中、本訴について生じた分は原告(反訴被告)の負担とし、反訴について生じた分は被告(反訴原告)の負担とする。
五 この判決は、第一、二項に限り仮に執行することができる。
事実
一当事者双方の求めた裁判
(本訴請求)
1 原告(反訴被告、以下単に原告という)
(一) 被告(反訴原告、以下単に被告という)は、原告に対し、金一〇〇万円及びこれに対する昭和五九年六月一二日以降右支払済に至るまで年五分の割合による金員を支払え。
(二) 訴訟費用は被告の負担とする。
(三) 仮執行の宣言。
2 被告
(一) 原告の請求を棄却する。
(二) 訴訟費用は原告の負担とする。
(反訴請求)
1 被告
(一) 原告は、被告に対し、金一二〇万円及びこれに対する昭和六〇年一月一〇日以降右支払済に至るまで年五分の割合による金員を支払え。
(二) 訴訟費用は原告の負担とする。
(三) 仮執行の宣言
2 原告
(一) 被告の反訴請求を棄却する。
(二) 反訴費用は被告の負担とする。
二本訴請求原因
1 原告は、大阪府門真市の寿町自治会の会員であるところ、被告が組合長をしている門真小売酒販組合は、右寿町自治会の所有し運営にかかる自治会館を、昭和五八年四月以降同年末までの間に、数回に亘り、その会合に使用しながら、その使用料を支払わなかつた。
2 そこで、原告は、寿町自治会の役員に善処を求めたが、役員は、言葉を濁して確答を避けたので、昭和五九年五月二五日午後八時から開かれた寿町自治会総会の席上で、右事実について質問をしたところ、自治会長に選任された被告は、七、八〇名の総会出席者の面前で、原告に対し、次の発言をした。すなわち、
(一) 息子に食わせてもらつているくせに何だ。
(二) 町会費金三〇〇円も払わない人間だ(原告は二軒に住んでいるが、一軒は倉庫代りにしているので、一軒分として金三〇〇円だけを支払つているものである)。
3 右総会の席で被告の要求により帳簿が提出されたところ、被告は、右帳簿に酒屋組合の使用の記録が数か所に亘つてその後に書き加えてあつたのを示し、原告に対して、「お前はダニだ。この町会に一匹のダニがいる。」と暴言をした。
4 その後、原告は、町会で村八分の目にあい、妻はノイローゼになつて、買物にも出掛けることができない状態である。
5 被告の以上の行為は、原告の信用、名誉を故意に毀損するものであつて、原告はこれにより著しい精神的苦痛を被つたところ、右原告の被つた精神的苦痛が慰藉されるべき額は金一〇〇万円が相当である。
6 よつて、原告は、被告に対し、右故意の不法行為による損害賠償(慰藉料請求)として、金一〇〇万円及びこれに対する本件訴状送達の日の翌日である昭和五九年六月一二日以降右支払済に至るまで民法所定の年五分の割合による遅延損害金の支払を求める。
三本件請求原因に対する認否
1 本訴請求原因1の事実のうち、原告が寿町自治会の会員であること、寿町自治会が自治会館を所有し運営していること、門真小売酒販組合が昭和五八年四月以降同年末までの間に数回に亘り、自治会館をその会合に使用したこと、以上の事実は認めるが、その余の事実は否認する。被告は、右酒販組合の一組合員であつて、組合長は訴外大塚敞造であるし、また、同組合は、会館の使用料を支払つている。
2 同23の事実のうち、寿町自治会の総会が昭和五九年五月二五日に開かれたこと、原告から質問がなされたこと、被告が自治会長に選任されたこと、被告の要求により、会計帳簿が提出されたこと、以上の事実は認めるが、その余の事実は否認する。
3 同4の事実は不知。
4 同5の事実は否認する。
四被告の主張
1 寿町自治会の前会長であつた訴外藤田博一が辞任したので、新会長を選任するための右自治会の臨時総会が昭和五九年五月二五日に開催された。その日の出席者は、約三〇名ないし四〇名であつた。
2 右総会で、被告を会長に指名する案が提出されたところ、原告が発言をして、「不正をやるような人に会長は任せられない。酒屋組合の昨年の会館使用料が支払われていない。これはどうなつているのか。」などと述べた。
しかし、被告は、門真小売酒販組合の組合長ではなく、単に、組合の会館使用につき、その世話をしたに過ぎず、また、昭和五八年度の自治会会計収支決算は、昭和五九年四月一五日の定期総会で既に承認決議をされていた。そこで、被告は、事実関係を明らかにする趣旨で、議長に対し、会計帳簿の提出を求め、議長、原告、その他の者が、その閲覧調査をしたところ、原告のみが、改ざんや書き加えがあるなどと発言したが、他の者は、取り合わず、結局、原告を除く出席者の全員一致で、被告を新会長に選出した。
3 ついで、被告は、会長就任の挨拶をしたが、その前後に、自治会々則九条(会員は毎月会費を会計に納入しなければならない)を読み上げ、総会では、会員としての義務(会費の納入)を果してから発言するようにして欲しいと述べ、その後散会となつた。
以上の次第であつて、被告は、右総会の席上で、原告の信用、名誉を毀損するような発言をしたことはない。
五被告の右主張に対する原告の認否
被告の右主張は争う。
六反訴請求原因
1 前述のとおり、昭和五九年五月二五日、寿町自治会の臨時総会が開かれたところ、右総会には、原被告を含め約三〇名ないし四〇名の会員が出席し、その席上、さきに辞任をした後任の自治会長として、被告を指名する案が提出された。
2 その際、原告は、被告を指して、「不正をやるような人に会長は任せられない。酒屋組合の昨年の会館使用料が支払われておらない。これはどうなつているのか。」などと事実無根の発言をし、これにより、故意に被告の信用、名誉を著しく毀損し、被告に対し、多大の精神的苦痛を被らせたところ、右精神的苦痛が慰藉されるべき額は、金一〇〇万円が相当である。
また、被告は、右慰藉料の支払を求めるため、本件反訴を提起することを余儀なくされ、その弁護士費用として、金二〇万円を要した。
3 よつて、被告は、原告に対し、原告の故意の不法行為に基づく損害賠償として、慰藉金一〇〇万円及び弁護士費用金二〇万円、以上合計金一二〇万円及びこれに対する本件反訴状送達の日の翌日である昭和六〇年一月一〇日以降右支払済に至るまで、民法所定の年五分の割合による遅延損害金の支払を求める。
七反訴請求原因に対する原告の認否
1 反訴請求原因1の事実中、昭和五九年五月二五日に寿町自治会の臨時総会が開かれたこと、右総会でさきに辞任をした会長の後任として、被告を会長に指名する案が提出されたこと、以上の事実は認めるが、その余の事実は否認する。
2 同2の事実は否認する。
八反訴請求原因に対する原告の主張
1 原告は、被告主張の総会において、公の機関である寿町自治会館の不正な運営と旧自治会役員の責任を追及して、町民の管理システムを作るための公共の利害に係る事柄について、専ら公益を図る目的で、発言をしたもので、右原告の発言は、何ら被告の名誉を毀損するものではない。
2 仮に、原告の発言が被告の名誉を毀損するものであるとしても、被告は、寿町自治会の会長という公の役員候補者であつたから、刑法二三〇条の二、第一、三項の準用により、原告の発言には違法性がなく、原告には、不法行為責任はない。
九右原告の主張に対する被告の認否
右原告の主張は否認する。
一〇証拠関係<省略>
理由
一原告が門真市寿町自治会の会員であること、寿町自治会が自治会館を所有し運営していること、門真小売酒販組合が昭和五八年四月以降同年末までの間に、数回に亘り、自治会館をその会合に使用していること、以上の事実は、当事者間に争いがない。
二次に、寿町自治会の総会が昭和五九年五月二五日に開かれたことも当事者間に争いがない。
そこで、右総会の席上で、被告が原告の信用、名誉を毀損し、また、原告が被告の信用、名誉を毀損したか否かについて判断する。
1前記争いのない事実に、<証拠>を総合すると、次の事実が認められる。すなわち、
(一) 原告は、門真市寿町の自治会員であり、被告も、同自治会の会員であるところ、被告は、昭和五四年から同五七年までの四年間、同自治会の会長をしていたことがあり、また、被告は、その住所地で酒類の小売商を営んでおり、門真小売酒販組合の組合員ではあつたが、その役員ではなかつた。
(二) 門真小売酒販組合は、被告のあつせんで、昭和五八年四月から同年末までの間に、数回に亘り、寿町自治会の所有し運営している自治会館をその会合に使用したところ、その使用料は、昭和五八年七月一六日に、同年二月ないし五月分の使用料として合計金四〇〇〇円を支払つた外、その後の使用料も、昭和五九年二月一二日ないし同年三月二一日にそれぞれ支払つた。
そして、寿町自治会の昭和五八年度の会計については、昭和五九年四月一五日に開かれた寿町自治会の総会において承認された。
(三) 次に、寿町自治会では、さきの自治会長であつた訴外藤田博一が辞任をしたので、その後任の自治会長を選任するための臨時総会が昭和五八年五月二五日に開催されたところ、右総会には、少なくとも三〇名以上のものが出席をしていた。
(四) 右臨時総会は、訴外猿橋康博が議長となつて議事が進められたが、その席で、被告を後任の新会長に指名する旨の案が提出されたところ、その際に、原告は、かねて被告と不仲であつたところから、多数の会員の面前で、確たる証拠もないのに、「不正なことをやるような男に会長は任かせられない。」「酒屋組合の昨年の自治会館の使用料が支払われていないが、これはどうなつているのか。」という趣旨の発言をし、その後も執拗に発言を求め、門真小売酒販組合が寿町自治会の運営する自治会館を使用したその使用料に関し、被告が不正をしたとの事実を指摘して、被告が寿町自治会長に選任されることに反対した。
(五) しかし、右原告の反対にも拘らず、右総会の席で、被告は、出席者多数の賛成で寿町自治会の会長に選任されたので、右会長に選任されたことについての挨拶を述べた後、原告のことにふれ、「あなた(原告のこと)は、音楽や絵画をたしなむ教養の高い人である。」と述べた後、さらに、原告がその息子夫婦と別に月額金三〇〇円の自治会費を支払つていないことをとらえ、「会費も支払つていないものが町会のことに口出しをしてもらつては困る。」「町会に一匹のダニがいる。そのダニはお前だ(原告のこと)。」という趣旨のことを述べて、原告を非難した。
以上の事実が認められ、右認定に反する<証拠>はたやすく信用できず、他に右認定を覆すに足りる証拠はない。
そして、右認定の如く、右寿町自治会の総会の席上で、被告が原告のことにつき、「町会に一匹のダニがいる、そのダニはお前だ」と述べたことは、故意に原告の信用、名誉を毀損したものというべきである。
また、原告が被告のことをとらえ、門真小売酒販組合が寿町自治会の運営する自治会館を使用したことに関し、被告が不正をしたとの事実を指摘して、被告が寿町自治会長に選任されることに反対したことも、前述のとおり、被告は、門真小売酒販組合の組合員その他の役員ではないから自治会館の使用料の支払に関する責任者ではないことや、また、当時、門真小売酒販組合が寿町自治会の運営する自治会館を使用した使用料は、既に支払われていて、被告には何ら不正がなかつたことに照らし、原告の右発言は、客観的な事実に反するものであつて、故意に被告の信用、名誉を毀損するものというべきである。
2原告は、右の外にも、被告は、原告に対し、「息子に食わせてもらつているくせに何だ。」「町会費金三〇〇円も払わない人間だ。」と述べて、原告の信用、名誉を毀損したと主張するが、右原告主張の発言は、その内容自体に照らし、原告の信用、名誉を毀損するものとはいい難いものというべきである。
また、原告は、その後、町内で村八分の目に会い、妻はノイローゼになつて、買物にも出掛けることができない状態であつたと主張するが、右原告の主張事実に副う<証拠>はたやすく信用できず、他に右原告の主張事実を認めるに足りる証拠はない。のみならず、仮に、原告が町内で村八分の目にあつたことがあるにしても、それが被告の行為によるものであることを認めるに足りる証拠はない。
よつて、右の点に関する原告の主張は失当である。
3次に、原告は、前記寿町自治会の総会における原告の発言は、公の機関である自治会館の不正な運営と旧町会役員の責任を追及して町民の管理システムを作るための公共の利害に係る事柄について専ら公益を図る目的で発言をしたものであるから、右原告の発言は、何ら被告の名誉を毀損するものではないし、また、仮に名誉を毀損するものであるとしても違法性がないと主張している。しかし、自治会館の使用料に関し、被告が不正をした事実のないことは前記のとおりであり、かつ、右自治会館の使用料に関する問題は、前記のとおり、先に開かれた寿町自治会の総会において既に承認されたことであるのに、原告が確たる証拠もないのに、被告と不仲であつたところから、右発言をしたこと、及び、<証拠>によれば、原告は、公共の目的というよりもむしろ殊更に被告に対し人身攻撃をする目的の下に右発言をしたことが窺われること、等に照らして考えると、原告の右発言は、前述のとおり、被告の名誉、信用を毀損するものであつて、かつ、違法なものというべきである。
よつて、右の点に関する原告の主張も失当である。
三そして、原告は、被告の前記発言により、故意にその信用、名誉が毀損されて、それ相応の精神的苦痛を被り、また、被告も、原告の前記発言により、故意に、その信用、名誉が毀損されて、それ相応の精神的苦痛を被つたものというべきところ、右各発言のなされた前後の事情、その発言内容、その他前記1に認定の諸事情に照らして考えると、原告及び被告が被つた前記各精神的苦痛が慰藉されるべき額は、各金二万円をもつて相当であると認むべきであつて、これを越える原告及び被告の主張は、いずれも失当である。
四次に、被告は、前記信用、名誉を毀損されたことによる損害として、弁護士費用金二〇万円の支払請求をしているが、被告は、原告に対し、右信用、名誉の毀損を理由とし慰藉料の支払を求める本件反訴を提起する以前に、原告から前述の不法行為による慰藉料の支払を求める本訴を提起され、これについて、弁護士に訴訟委任をして応訴していたものであつて、これに相当額の弁護士費用が必要であつたというべきところ、反訴の請求に関する攻撃防禦の方法は、本訴の攻撃防禦の方法とその大部分が共通であることは、弁論の全趣旨から明らかであるというべきであるし、また、本件反訴請求について認容される額は、前記の如くその請求額のわずか二パーセントに過ぎないことに照らして考えると、被告の反訴請求について特別に弁護士費用を支出したとしても、右費用は、原告の前記不法行為と相当因果関係のある損害と認めることはできない。したがつて右弁護士費用に関する被告の反訴請求は、その余の点について判断するまでもなく、失当である。
五よつて、原告の本訴請求は、被告に対し、故意の不法行為に基づく損害賠償として、金二万円及びこれに対する本件訴状送達の日の翌日であることが記録上明らかな昭和五九年六月一二日以降右支払済に至るまで民法所定の年五分の割合による遅延損害金の支払を求める限度で正当であるから、右の限度で認容し、その余は失当であるからこれを棄却し、また、被告の反訴請求も、原告に対し、故意の不法行為に基づく損害賠償として金二万円及びこれに対する本件反訴状送達の日の翌日であることが記録上明らかな昭和六〇年一月一〇日以降右支払済に至るまで民法所定の年五分の割合による遅延損害金の支払を求める限度で正当であるから、右の限度で認容し、その余は失当であるからこれを棄却し、訴訟費用につき民訴法九二条を、仮執行の宣言につき同法一九六条を各適用して、主文のとおり判決する。
(後藤 勇)